※研究者の所属等は受賞時点のものです
授賞課題:超低温走査型トンネル顕微鏡の開発と創発量子現象解明への応用
理化学研究所 創発物性科学研究センター 上級研究員
町田 理(まちだ ただし)
町田理氏は、走査型トンネル顕微鏡(STM)に関わる高度な技術の開発と、同技術を駆使した物性物理学の重要問題の究明において優れた研究業績を収めています。
町田氏の業績の一つは、物性物理学における重要な研究手段であるSTMの性能を大きく進展させたことにあります。従来、STMによる安定したデータ収集を行う際に設定可能な温度の下限は300mK(ミリケルビン)程度に留まっていました。これに対して町田氏は、徹底した高周波電磁ノイズの除去など計測系の改良を図り、安定したデータ収集を担保できる設定温度の下限値を90mK以下に改善しました。この要素技術の開発によって、STMで計測されるエネルギースペクトルの分解能が20µeV(マイクロエレクトロンボルト)にまで向上し、従来技術では熱的な不確かさのため計測が難しかった、様々な物理現象の探求に道を切り開きました(Review of Scientific Instruments, 89(2018)093707)。
町田氏の技術開発が導いた物性物理学の重要成果として、Fe(Se,Te)超伝導体における「マヨラナ準粒子」の実在証明が挙げられます。マヨラナ準粒子は、素粒子の存在形態に関わる重要な概念であり、その特殊な性質を量子コンピュータ技術の開発へつなげる構想もあります。物質内で生じるマヨラナ準粒子の観測は世界的な関心事と言えます。STMによる特殊なエネルギースペクトル(マヨラナゼロモード)の実測は、マヨラナ準粒子を実証するうえで決定的な手段ですが、従来の技術ではマヨラナゼロモードの明瞭な観測が困難でした。この問題は、町田氏によるSTM技術の高度化によって解決され、Fe(Se,Te)超伝導体におけるマヨラナ準粒子の存在が世界に先駆けて証明されました(Nature Materials, 18(2019)811)。町田氏はその他にも、高度なSTM技術を活かした超伝導体中の磁性不純物に関わる基礎研究と、材料物性評価で重要となる100%スピン偏極率のSTM探針の開発等について注目すべき成果を収めています(Physical Review Research, 4(2022)033182)。
町田氏の研究は、優れた表面観察機能を有し、電子顕微鏡の関連技術・周辺技術と目されるSTMの「基盤技術開発」と「物性研究への応用」の双方で優れた成果を収めている点で高く評価でき、風戸賞に相応しい業績と判断されます。
よって、これらの成果に対して、ここに風戸賞を贈呈します。
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