永井裕崇氏の研究は、ストレスによって認知や情動の変化を引き起こす基盤と考えられている脳組織の神経回路の構造や代謝の変化による脳機能変容の分子機序を、三次元電子顕微鏡法を駆使して明らかにしようとするものです。
社会や環境より受けるストレスは、抑うつや不安亢進を生じ、うつ病のリスクとなります。認知機能低下の細胞生物学的な基盤には、高次脳機能を担う前頭前皮質における神経細胞の機能・構造変化があり、その機序には炎症性分子やストレスホルモンの関与が指摘されています。しかし、これらの分子が神経細胞内部の分子シグナルや代謝、および神経細胞とグリア細胞の相互作用を介して、局所・広域の神経回路を変容させる機構は、ほとんど不明のままです。
永井氏は、ストレスによる脳組織の恒常性維持と破綻の機序における細胞生物学的基盤に迫るため、走査電子顕微鏡による連続組織切片の観察像から組織の三次元構造を構築する手法(三次元電子顕微鏡法)を用いた研究を進めてきました。その過程で、ストレスによる神経細胞の構造退縮におけるミトコンドリアの関与、シナプスとアストロサイトとの相互作用の減弱とミクログリアとの相互作用の亢進、さらに糖輸送体の発現亢進とミトコンドリアタンパク質の発現低下による前頭前皮質の中央代謝経路リモデリングを見出しました。
これらの成果を基にした本研究において、三次元電子顕微鏡法と細胞種・神経回路特異的なオミクス解析を統合することにより、ストレスが前頭前皮質における神経細胞の接続や代謝を独立に変容させ、認知や情動の変化を引き起こす構造と物質の基盤が解明されると期待されます。
よって、今後の研究の一層の発展を期待して、ここに風戸研究奨励賞を贈呈します。
https://www.med.kobe-u.ac.jp/yakuri/index.html
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