戸川欣彦氏は、ローレンツ電子顕微鏡法と高分散(小角)電子回折法、そして最近進歩の著しい微分位相電子顕微鏡法(STEM-DPC)を用いて、新規磁性材料のらせん磁気構造の電子顕微鏡法および電子回折法による研究を行ってきました。
2012年には、CrNb3S6のキラル磁性体のらせん磁気構造をローレンツ顕微鏡の縞状コントラストと小角電子回折で実空間と逆空間から実証しました。戸川氏の研究の特徴は磁場印加状態を変化させて観察し、らせん構造がキラルソリトン格子に変化し臨界磁場を越えると強磁性に転移することを明らかにしたことです。さらに印加した磁場の強さに応じてキラルソリトン格子の周期が変化することを見出しました。これは電子顕微鏡法の特徴をうまく利用した優れた研究成果です。
2015年には、特殊ホルダーを用いて磁気抵抗変化とローレンツ電子顕微鏡観察を同時に行い、磁気抵抗が離散的に変化することを計測しました。そしてキラルソリトン数と磁気抵抗の間に新しい関係を見出し、量子化されたソリトン効果が物性に現れることを明快に示しました。これは顕微鏡学ばかりではなく磁性物理学としても新しい知見が得られたことになります。そしてこの現象を使った新しい磁気位相デバイスの提案をしています。
2016年には英国のグラスゴー大学と共同で、走査透過電子顕微鏡(STEM)に組み込まれたピクセル検出器による微分位相コントラスト法を用いてFeGe結晶内のスカルミオン観察を行い、その磁気渦の安定性と内部構造について報告しています。これは従来から研究されていた1軸性磁性体から多軸性キラル磁性体への戸川氏の研究の発展を示すものです。
さらに2016年以後もCrNb3S6のキラル磁性体の研究論文を報告し続けておられます。
戸川氏の研究は先進的電子顕微鏡法を用いた各種磁性体、特にキラルソリトン格子の計測と、電子線小角散乱法を用いた磁気的微細構造の観察と解析を行い、多くの優れた研究成果を上げてきました。今後も先進電子顕微鏡法と物性物理学の境界に立ち、新しい展開が氏によって行われることが期待されます。
大阪府立大学 工学研究科 電子・数物系専攻電子物理工学分野 スピン物性研究グループ(戸川研究室)
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